「慈悲」

love

昨日の“Love” 「愛」という作品について書き残します。

淡さギリギリのブルーとピンクのレイヤーを描きました。

この日は、目には見えないけど頭上に存在する神様がいる場所というか宇宙というか、私たちにエネルギーを流してくれている上の存在を描こうと思っていました。

描いている途中、その優しさのような、どうあれ許されている、というような感覚がして、その大きく深い愛情が伝わって、涙ぐんでしまった瞬間があったことは、自分でも驚いた!

ほんと、最近の絵からのメッセージや、なんとも形容し難い感覚には自分でもびっくりするよね、ほんと。

タイトル、最初は「慈悲」はどうかと思ったのだけど、だんだん違う感じがして。タイトルになる言葉は、英単語が先に来る時と、日本語が先に来る時両方あるのだけど、日本語が先の時にありがちなのが、英語に当てはまる単語が存在しないってこと。

「慈悲」っていうのは、他者にだけ向けられていることではなく、自分という存在もその対象に含まれるべきだと私は思うのだけど、英語では「他者を許す」という表現が含まれる単語ばかりで。なので、この絵のタイトルには、もっと大きい枠が必要だということに。

そして「慈悲」ということを深掘りして考えてみたところ、慈悲深さの元は「愛」だなぁと思ったのです。Love という単語なら、自身という対象も含めることができるんじゃないかと。

この絵は描くことよりもタイトルに時間がかかった感じだったね。極力淡くしたかったので、色足しも最小限だったし。淡さと色付けのギリギリがなかなか難しかったな。もっと色足したくなっちゃって、終わりどころの判断がなかなか苦しいんだよねぇ。

さて、愛。

上からの愛を受け取るも受け取らないもその人次第。でも、どんな人の上にもその存在は必ずあるってわたしは思う。

みんなはどう思ったかな。

いつも読んでくれてありがと!
またね!

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