諸田玲子
後朝(きぬぎね)
通用門から表に出るや、たかは鳩尾に手をあてた。ひとつ、切ない息をつく。
ほんに、うち、どないしたんやろー。
こんなはずではなかった。
相手は六つも歳下の、清廉実直な公子さまである。色恋には奥手の……少なくともはじめのうちはあきれるほど初な男だった。
それにひきかえ、たかはこの道の達人である。
諸田玲子氏「奸婦にあらず」の書きはじめである。幕末の大老井伊直弼とたかの小説。このように艶に文章をどうして、書けるのか、文書力を感じる。小説家として名を成しているから当然ではある。しかし、読むのと書くのでは、その差は大きい。少しでも良い文章を書けたらと思った。
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