「人生のご縁の七不思議」

私の人生の岐路と決断

今、45歳の私がこれまでの人生を振り返ると、子供の頃からだいたいのことは自分自身で取捨選択してきたかもなぁと思います。子供なのにやたら意思のはっきりしたところがあり、私の両親は半ば諦めていたらしく、「この子が言い出したらやるまで言う」と思っていたらしいです。生意気って言えば生意気だったろうと思います(苦笑)。どんな希望もひとまず聞いてくれて否定はせず、叶えてくれた両親には感謝しかないです。

小学生の時、一番忙しかったんじゃないかと思うほど習い事させてもらった。ピアノ、そろばん、習字、ジャズダンス、塾、家庭教師、などなどほとんど自分自身からやりたいと言ってやり始めてます。全てやらせてもらえた環境だったことに、今自分が親になって思うにすごいことだった。

その中でも、中学受験したいと思ったり、アメリカへ留学したいと思ったり。その二つはほんと私の人生2大決断で。どうしても受験頑張ってでも新天地を求めた小学生の私。周りに盛大に反対されたけど留学に踏み切った18歳の私。今思っても、よくぞ踏み切った!!って過去の自分を褒めてやりたい。なんでって、今の私を創る大事な大事な経験になったから!

不思議な共通点

さて、本題の七不思議だけど。その大きい決断をしていった先々で、なぜかつながる共通のご縁があったんです。それはなぜか、「カトリック」でした。これは、7人きょうだいの末っ子だった父の、一番上の姉(私から見れば伯母)が18歳ぐらいでカトリック教会に帰依し、人生を神に捧げるシスターとして生きる人だったことが最初の出会いでした。私の中では「そうなんだぁ」ぐらいで特別気に留めてもいなかったし、興味を持ったこともなかった。

小学6年生のとき頑張った受験。とにかく私の当時の偏差値で大体決まった受験校は2校。本当は行きたかったちょっと偏差値高めの挑戦校と、確実に受かると見られた安全校と。結果、やはり後者の中学に受かりました。とにかく「違う環境」に行きたかった私は、どこかに受かることだけを目指していた。今思えば間違った学校選びだとは思うけど、運がいいのかなんのか、私にはご縁があった場所だとこの後気づくんです。

入学してから「あぁそうなのか」と思ったのは、学校がカトリックであると言うこと。(←入学してからかいっ!)シスターが創設した学校で、校内はシスターだらけだったのです。伯母がシスターであることから、私個人的にはそこまで珍しい光景ではなかったので、「あらまぁ、こう言う感じなのね」ぐらいに思った記憶があります(笑)。毎朝の朝礼ではミサ曲を歌い、お祈りをする学校でした。当時は真面目にやってなくて朝礼なんてめんどくさかったのだけど、でも歌うことから始まる朝は嫌いではなかったかな。なんともユニークな中学生時代でしたね、今思えば。

それだけでは終わらなかった

ロザリオ カトリック

そして、「ただの」カトリックでなかったことがわかった時は、本当に家族中でびっくりしました。その当時全く知らなかったんだけど、カトリックと言っても、いろんな「会」(系列?)があるらしいのです。そして、私が通うことになった学校が、私の伯母が所属する会の学校だったのです!そして、校内に務めるシスターたちは、私の伯母の後輩シスターたちだったんです。校長先生もシスターだったのだけど、伯母の先輩シスターだったと言う衝撃!みんな日本国内にあるあちこちの施設で奉仕のお勤めをして生きるのだそうだけど、伯母の長きのお勤めの中で出会ってきたシスターたちばかりだったのです。

私としては「なんとやりにくい!!」ってなりました。「いい子でいないとやばい!」ってなって(苦笑)私のあり方で、伯母の顔に泥を塗りかねないわけですから!中学生の私にとっては、「まずい」と言う気持ちが強かったけど、今振り返ると確実に導かれたと言うか、もとよりご縁があったのだと思っています。

そして、アメリカ留学。わざわざアメリカまで行って選んだ学校がまた、カトリックだったんです!!もう無意識に選んでるんかな?!って今でも謎なんですが、現地着いたら、大学内に教会があって、またシスターが校内を歩いていると言う光景を見ることに!そんなことある?!ってなりました。これもまた、自分の成績で合格が出た数校の中から選んだ大学で、全く意図なし!いや〜やっぱり偶然ちゃうな〜って思ってます。

さらなるご縁

そんな私にとって特別だったシスターの伯母が、新年迎えて90数歳で天に召されました。私がその中学校に通ったことで、離れて暮らしていてもなぜかつながりを強く感じてきた伯母。伯母の父である私のおじいちゃんが亡くなったとき、火葬を待つ間ロザリオ片手に二人お祈りをした思い出があり(会が同じなのでお祈りの言葉も作法も同じだった)、伯母にとって私はちょっと違った思いを持った姪っ子だったらしいです。

それがまた、私の次女がクリスマスに生まれてきたんです!キリスト様と同じ誕生日だなんて、もう否定できないご縁でしょ?伯母は、毎年クリスマスにはそんな次女のためにハガキを送ってくれていました。今回のクリスマスも、まだまだ達筆な綺麗で優しい文字で送ってくれたので、直前まで元気にやっていたんだと思います。そして「その時」は突然やってきたみたいです。会えないまま逝ってしまった悲しみはあるのだけど、伯母は自分の思う人生を全うしたことはわかっているので、どこか晴々しい気持ちで見送れた気がします。

ハンドメイドアクセサリー ロザリオ 淡水パール
そう言えば、淡水パールでロザリオ作っていた私!アクセとして作ったけど、玉の数は正式なロザリオと一緒!
人形 手作り 飾り
伯母が教会でシスターたちと作ったお人形。毎年クリスマスにお手紙と一緒に何かを送ってくれていた。

私の人生における七不思議の一つ。(七つも不思議あったかは知らんけど!笑)それは私が向かう岐路の先々で何故か「カトリック」に出会う!でした。ちなみに、そんなに出会ってるのに私はカトリックではないという。おもろいわぁ、やっぱり!なんでやねん!ってなる私でございました!みんなにも、そんな「なんでかわからんけど、よう出会うわ~」ってやつある?なんでかは死ぬときわかるんかな?と思ってますが!大事にしていきたいなと思っています。長い長いお話、どうもお付き合いありがとう。ではまた次の投稿で!

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