「私は私だった!」

これまで、「何者なんだろう」と自分探しをしてきたけど、なんと、私は「私」だったことが判明しました爆!それならとっくに叶ってるではないか!

大好きな旦那さんと結婚して3人の子供たちに恵まれて健やかに育っている。ただね、10年ほど前に義父が亡くなったことで、長男の旦那さんが残された会社を含め何もかもを引き継がざる得ない状況になり、苦しい時期が訪れました。
旦那さんもなんとか必死に耐えて何とかしようと頑張ってきたけど、鬱を患った時期もあって、とにかくずっと経済的に大変な状況で。

きっと私の私生活ですれ違った身近な人たちには、そんな人生歩んでるなんて信じてもらえないかもしれないけど、とにかく細かく話すとドン引きされる状況と表現しておこう苦笑。別に隠そうとしてきたというわけではなく、わざわざ暗い話を外でもしたくないというのが常にあって。
そんな折、会社のことに関して私にできることが少なかったので、私が私の意思さえ動かせばできることで何かできないか、と思って動き出したのがハンドメイドでした。

そう、最初はお金のために何かできることを探した結果、子育てしながら私にできることといえば、自宅でできて、昔から好きで、ずっと素材だけは少しずつ集めていたハンドメイドの世界だったのです。

↑この夫婦の写真、ものすごい急な坂を登ってきたところ。長年の運動不足で途中動けなくなった私をパパが後ろから押してくれて、内容忘れたけどなんかくだらん冗談言って笑ってるとこ!爆

私の歴史たち。今見てもどれも好きだし愛おしい♡子供たちもたくさんお手伝いしてくれました!

布小物、アクセサリー、紙もの、そして絵。グラフィックデザインの仕事もやりながらも、どの分野もなかなか芽が出ずかなり迷走してきました。そんな未熟な私の作るものでも、喜んでくれる人も存在して、それは本当にありがたく嬉しいことでした。だけど、家庭を救えるような状況には全然ならず。かと言って、当時子供3人が小さくて、私の体力では外に働きに出るのも現実的ではなく。どういうことなのだろうと、自問自答し続けてきたこの10年。

そして最近気づいたんです。私はアーティストの前に「私」なんだと気づいたんです。「ん?何言ってんの、この人?」って思ったでしょ?笑

パパともよくスピリチュアルや哲学的な話をし合うのだけど、今後残された時間をどんな風に生きていきたいかと、そんな希望について話し合っていたら、パパのほうが急に腑に落ち、「ふみちゃんの真ん中は今までと同じで家庭にいるふみちゃんで、何かになりたいわけじゃないんだね」って。それ聞いて、確かに!となったのです。道理でどんな将来を体験したいか?についてペンを取ると、「家」とか「家族」とか「子供の笑顔」とか「パパと一緒」がキーワードだったんだなーと私も妙に納得!

何者かになることよりも子供たちの笑顔を見ていたい。パパと子供たちといろんな体験をして楽しみたい。それプラス、作りたい!って思った時作りたいと思ったものをなんでも作っていたい。それだけ。マネタイズやらマーケティングやらを考えてしまうと、どうもしっくりしないのは当然なことだったのかもと今更自分を知るという!それが「私」だった。伝わるかなー苦笑!

kosayuhouse topimage
そんな私が描いた我が家の理想のおうち

パパの重荷をなんとか軽くしてあげたくて、家庭を守るために自分にもできることはないか、という思いを持ったあの時から、無意識に「何者かにならなくては!」と肩に力が入ってしまっていたんだろうなぁ。私という人生の目的は「何者かになろう」としてなる「何者」ではなかったということ。本来の自分を無視して力が入れば入るだけ、波動は下がる。波動が下がった状態で何をやっても、波動の高い結果は生まない。ただそれだけだったのかもねぇ。

これまで、私の作るものに感動してくださり、実際にお金を出してまで私の作品をお手元に持ってくださったみなさんは、きっとよっぽど私と縁の深い方だと思ってます。そんな私でも応援してくれた応援団。本当にそんな人たちが存在するってありがたいなぁって、しみじみ。こんな私でも、少しでも何かの力になればっていう想いも存在するのは確かです。私という人生の上で、私が発信するものが私の家族だけではなく、一人でも誰かに喜んでもらえるならそれは喜びでしかないです。家庭第一優先なのは今までも同じなんだけど(そう、とっくに叶ってた!)、でも、私自身がそれを中ば無視した状態で「何者かになる」ことを目指しているのとは違い、私自身がその自分の本質を理解した上で作りたいと思って作り出せたものってこれまでとは違うんじゃないかと思っております。

もう超ややこしい話ですが、まとめると。「私の自然体は家庭が優先で、プラス何でも自分の手で作り出したい!っていう欲望を叶えてあげること」ということです。「何者かになる」ということを知らず知らずに目的にしてしまっていたことに気づいた、というお話でした!

そんな秋分の日の私の記録でした!笑

長々とここまで読んでくれた方、ありがとうです!

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