「半周遅れ」 2020-10-27 最終更新日時 : 2022-03-02 ママ/Mom これまでの人生、いつもそんな気がしてました。お化粧が似合うようになるのもゴールドアクセが馴染むようになるのもシンプルなホワイトシャツが似合うようになるのもヒールが似合うようになるのも。バスケ部入部してから筋肉がちゃんと付くまでの時間もスリーポイントが届くようになるのも。ずっと人生のマラソンの道中、自分の足にまとわりつく重力を感じながら周り見渡すといつもみんなの背中が見える。追いつこうと頑張れば息が切れて逆効果。その足はますます重くなるばかり。マラソンのゴールはいつも半周遅れかそれ以上、みたいなね。今思えば、自分だけのペースがあるという観点がなさすぎた。周りがどんどん成績上がるのにどんなけ頑張っても追いつけなかったり。周りがどんどん技術を上げるステージに進むのに、一向に体力筋力づくりからステップアップできなかったり。周りがどんどん大人っぽく色っぽくなっていくのにそうじゃない自分がいて。 でも今は思う。周りと同じ勉強方法をしてなかったかな?自分の性質と特徴を分析した上で、自分に効果的な勉強方法について考えたことあったかな?自分の体力と筋力を、周りと同じトレーニングをやっていなかったかな?自分の身体の特徴を分析した上で、自分に効果的なトレーニング法について考えたことあったかな?周りがどんなに大人っぽくなっても、そもそも小柄の自分に色っぽさ求めてもどうなの?苦笑そもそも目指したかったことなのか、自分に問いかけたことあったかな?自分らしいいでたちについて考えたことあったかな?白シャツや赤リップに憧れた時期があったのだけどまぁ、本当に似合わなくて!苦笑30代後半になってやっと見れるようになったって感じで。みんなより10年は遅い!笑結局、自分を見てなかったということだな。身の回りの人や、世間一般的な基準や。そんなことばかりを物差しにしてしまっていた。自分の中から出てくる感覚が一番自分を幸せにしてくれる。自分らしい自分に導いてくれる。まだまだ発展途上の自分だけど少しずつ自分の感覚、感性に集中し、感じたまま実行することを始めてみたら、なんとも言えない力が湧いてくる。 なので今は、「半周遅れ・万歳!」それが自分のペース。それが自分のイロ。それが自分の特徴。それが自分の幸せ。だから、背伸びはもうおしまい。与えられたその自分らしい肉体と心でしかできないことがあるのだと。こうあるのにはワケがある。自分を知って自分が自分自身をマルッと受け入れる。結局自分を救うのも活かすのも運でもメンターでもなく自分自身なんだということ、もっと早く知りたかったな。でもそれすら自分という人間が通る道だったはずなんだよね。私がずっと思ってきた「半周遅れ」は実は存在してなかったというのが正解かも、と今の私は思っています。 共有: Facebook で共有 (新しいウィンドウで開きます) Facebook X で共有 (新しいウィンドウで開きます) X 友達にメールでリンクを送信 (新しいウィンドウで開きます) メールアドレス 印刷 (新しいウィンドウで開きます) 印刷 関連 FacebookXBlueskythreadsHatenaCopy