50周年記念式典

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私が卒業した高校が創立50周年を迎えた。
私が卒業して、早11年。しょっちゅう高校時代の友人に会うのでそんな気がしない。
なんだか面白うそうなので、参加することにした。
行ったのはいいのだが、私たちの学年は私と友人(F君)の二人だけ。
もう一人来る予定だったのが、どうしても来れない事情が出てしまった。
う~ん、来た意味が無いぞと思ったのだが、いや、これはこれで何か別の出会いがあるのかもと思いつつ、会場をフラフラ歩いていると・・・。
なんと地元でお世話になった方(Sさん)が!
あちらも驚いていたが、私も驚いた。まさか自分の先輩だったとは。
Sさんは8期だったので、28年先輩。
地元話や当時の授業や部活の話で8期の諸先輩方と盛り上がってしまい、
36期の席におらず、この場所で飲み食いをしていた。
先輩方の話を聞いていると我が校の卒業生の中にも、いろいろやっている人がいるんだなと。中には大臣を経験した現役の衆議院議員がいるとは思わなかった。その方は式典にいらしていて挨拶をなさっていた。
他にも有名な建築家がうちの卒業生で、一緒に行ったF君は彼自身も設計事務所勤務のこともあり、その方に挨拶に行き名刺を交換してもらったようで喜んでいた。
私は剣道部の顧問だったM先生(今は女子校の先生)がいらしていて、久々にお会いすることができた。去年、ご病気になり体調が悪かったのだが現在は、剣道ができるまで回復されて本当によかった。またいずれ稽古をしていただければと思う。
帰り際には私たちの国語の担当だったO先生とお会いし、一緒に歩きながら昔話を聞いた。
(写真はO先生と友人のF君)
O先生は授業中によく第二次大戦中の話をしてくださり、また戦争中に拾ったものを持って来た。焼夷弾や自分の家に突き刺さったB29の薬莢や爆弾の破片など。
授業のことより、そっちの印象が強く私の中ではO先生は国語というよりか歴史の先生だった。
この日は日本軍の戦闘機がB29にやられて、自分の頭上に円を描きながら落ちて来た話や、焼け野原になった青梅街道沿いの話をしてくださった。
相変わらずのスローペースな話し方。授業を受けている感じを思い出す。
同年代と話は出来なかったのは残念だった。
しかし新しい出会いもあり、いろいろな話を聞けて貴重な経験だった。参加してよかったと思う。

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