貧困の僻地
投稿を休むと、癖になる。
曽野綾子の「貧困の僻地」を読んでいる。第一章は指さす少年である。いじめについて書いある。いじめは無くならない、いじめに勝つ少年を造らなければならない。人生は、戦いの面を残す。いじめた人をクラスでいつまでも指さ続けるぐらいの強さがなければならない。家族で戦わなければならない。又、この章で、いじめの極限とも言えるアフリカのコンゴ東部の内戦で女性たちが受けたレイプとそれに伴うフィスチュラについて書いている。
フィスチュラというのは、一つの上皮で被われている表面から、他のやはり上皮で被われている表面への異常な導管を指す。普通は、産科の病気で難産や異常分別の際に、膣と尿道や直腸との間の壁に孔が開いてしまう。そのまま放置すると、慢性的な失禁が後遺症として残る。つまり患者は絶えず糞尿を膣か尿道から洩らすこととなり、外部に臭気が洩れ、その精神的な痛手は癒しがたいことになる。コンゴの場合、被害者は大勢の民兵によって繰り返しレイプされ、その後に膣に異物を突っ込まれるような残虐によってこのフィスチュラが発生したのである。このような事が現実に今も起きている。日本は、あまりにも幸せなのかも知れない。
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