「われに千里の思いあり」 中村彰彦  –加賀藩 前田家三代の話–

久々に歴史物を読みました。
「われに千里の思いあり」(中村彰彦)
加賀百万石の前田家と言えば、ぱっと頭に浮かぶのは、織田信長公の家来であり、太閤秀吉時代の五大老の一人、前田利家公。
それに週刊ジャンプを毎週読んでいた私にとって、強烈な印象を残した、いくさ人:前田慶次[一夢庵風流記 (集英社文庫)]。
NHKの大河ドラマや時代劇を観ても、ほとんど前田利家公が主だって出て来ます。
今回読んだ、「われに千里の思いあり」は、
利家公の四男で、加賀藩第三代藩主の利常公。
利常公の長男、四代藩主光高公。
そして、五代藩主綱紀公の3代に渡る加賀藩のおよそ100年間を書いた作品。
利常公の生い立ちに始まり、安土桃山時代の終焉。権力が徳川政権に移動するなかで、大大名である前田家を警戒する家康公、秀忠公。その中で前田利長公、利常公が行うポジション確保の奮闘。
家光公の時代になり、前田家の扱いが少しずつ高くなり、家綱公、綱吉公のときに準親藩扱いになっていく様。
岳父・名君保科正之公の庇護のもと、善政を執り行う、綱紀公。
普段親しみ慣れている、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人の偉人から見る歴史とは違った面が見えました。
単なる”武将”ということだけではなく、文化教養を身につけまた為政者としての教育を受け、かつ家族、家来、藩、そして国のことまで考えている様子が書かれていました。
もう一つ、今の時代では考えられない女性達の生き方。
各正室、側室の人生も見えて来ます。
一人の男性に仕え、そしてその男性に使えている女性に仕えて女性達の一生。
”生まれ”て、”生きる”ということを改めて考えさせられました。
さて、この題名にもなった「千里の思いあり」
これは、中巻で、利常公と柳河藩立花宗茂公とのやりとりに出て来ます。

「老驥櫪に伏すとも志は千里に在り/烈士暮年、壮心已まず」

魏の武帝(曹操孟徳)「碣石篇」の一節
訳をそのまま拝借すると・・・

駿馬は、老いて厩に伏したところで、その志は千里のかなたを駆け巡ろうとする。そのように烈士といわれるほどの者は、老いたとて、壮心已みがたく大志を遂げようとするものだ。
『われに千里の思いあり』(中) P.270より

またまだ老いてはいませんがこの言葉を胸に生きて来た、三代の男達の様に志を持って生きたいものです。

われに千里の思いあり〈上〉―風雲児・前田利常
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われに千里の思いあり〈中〉―快男児・前田光高
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われに千里の思いあり〈下〉名君・前田綱紀
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