お地蔵さん
自宅のポストに地域ニュースが入ってました。
そこに普段自転車で事務所に行くときに見る、お地蔵さんのことが載っていました。
早稲田通りから新井薬師へ向かう、薬師柳通の入り口にあります。
歩いて通るときは、お参りをする程度で碑文も読まなかったのでただ単に昔からあるお地蔵さんとしか認識していませんでした。
この地域ニュースによると、このお地蔵さんは新井薬師への参道の道標となっていたそうで、延享(えんきょう)(1744~1747)の時代に建てられたとのこと。
ちょうど暴れん坊将軍吉宗公から子の次代、家重公に変わるころですね。
そのころはこの辺りなにもなかったんだろうなぁ。
そう、そしてこのお地蔵さんは”子育て地蔵”と言われているとのこと。
有難い。
毎朝、しっかりお願いして娘が私の髪を引っ張らないようにと祈ります。
薬師柳通のことで、父方の祖父に聞いた話ではこの辺は芸者の方が多くて祖父のなじみの芸者も居たとかいないとか。過去はかなり遊んでいたそうなので、一人や二人はいたでしょうね。
孫の結婚式で司会者をナンパするぐらいですから・・・{%tohoho_a%}
そして母方の祖父は戦争に行く前、新井薬師に喧嘩に来てたからあの辺のことはよく知っていると言ってました。
両方ともどんな生活送ってたんだよ・・・{%orz_a%}